秀吉の容貌がサルにそっくりであったという話は有名です。
「サル」という仇名がついたのは、もちろん顔がサルのようだったからでしょうが、一説には申年生まれ(1536年)だからだともいわれています。とはいえ、定説では1537年酉年生まれとされる秀吉の誕生を1536年だと唱える『太閤記』の「元旦の日の出に誕生、生まれながらに聡明で、日吉丸と名付けた」という記述はいかにもうさんくさいですし、やはり容貌説に従うのが無難なようです。
ところで、さんざん秀吉を「サル」よばわりしていた信長ですが、晩年、秀吉を別の仇名で呼んでいたようです。
その仇名とは「ハゲネズミ」。信長が秀吉の夫人、北政所に宛てた書状の中で、秀吉をさして「ハゲネズミ」といっているのです。
確かに私たちがよく目にする烏帽子に直垂姿の秀吉像は、やせてとがっていて、サルよりネズミに似ているかもしれません。肖像画では烏帽子をかぶっているためわかりませんが、「ハゲネズミ」というからには頭髪も大分後退していたのでしょう。
また正装に身を包んでいる秀吉像では、トレードマークのあごヒゲが印象的ですが、これはつけヒゲであったようです。 |