越中守・平盛俊は、勇猛な武将として有名で、平家物語(巻九)に、「六七十人して上げ下ろす船を、ただ一人しておし上げおし下す程の大力なり」とあります。彼は、清盛の側近・平盛国の子であり、また数々の合戦で活躍した平家屈指の武将・平盛嗣の父親でもあります。
侍大将であった盛俊は、有名な義経の坂落としで戦に敗れた後、猪俣小平六則綱にだまし討ちにされ、最後を迎えます(平家物語・巻九・盛俊最期の事)。
戦に破れ、もはや逃げても逃げ切れまいと覚悟を決めて敵が来るのを待っていた盛俊に、力自慢の猪俣小平六則綱が勝負を挑みます。二人は揉み合いになりますが、さすがの猪俣も盛俊には力かなわず、逆に首をとられそうになります。ところが、小賢しい彼は降人のフリをして盛俊に命請いをし、盛俊は「さらば助けん」と猪俣を許してしまいます。そして猪俣は、盛俊を油断させた隙に彼を突き倒し、ついにその首を討ちとります。
その後、彼は盛俊の首級を太刀の先に突き立てて高く持ち上げ、大声で「この日来平家の御方に鬼神と聞こえつる越中前司盛俊をば、武蔵野国の住人猪俣小平六則綱が討つたるぞや」と自慢げに名乗りを上げたとか。
この話を読むと、どうしても盛俊に同情してしまいますがどうでしょう? |