恋愛をテーマにした平安時代の歌物語として有名なのが、『伊勢物語』。その主人公は在原業平とされています。この主人公・在原業平は、美男でたいへん色好みな男として一般的には認識されていますが、実は彼は不誠実な浮気者などではなく、「まめ」で誠実な男だったといわれています。その根拠は、『伊勢物語』をよく読めば分かるようです。
例えば、「つくも髪」の題をもつ六十三段。なんとかして情の深い男にめぐり合いたいと願う老母のために、心の優しい息子は情のこまやかな業平に母の相手をしてほしいと懇願します。業平は「あはれがりて、来て寝にけり」。
ところがその後、男が来ないので、老女は男の家にこっそり見に行きます。老女に気がついた業平は、
百年に 一年たらぬつくも髪 われを恋ふらし おもかげに見ゆ
(百年に一年たらないほどの、たいそうのご年齢の白髪のお婆さんが、 私を恋うているらしい。その姿が幻となって見える)
と歌って女のもとへ行く様子を見せたので、女はあわてて家に帰り、男が来るのを待ちます。業平は老女がしたようにこっそりと外から女の様子を見ていると、女は男が結局来ないのを嘆いて、
さむしろに衣かたしき今宵もや 恋しき人にあはでのみ寝む
(狭いむしろに自分の着物の肩袖を敷いて今夜もまた恋しい人に逢うこともなく一人で寝るばかりなのであろうか)
と歌います。その様子を哀れに思った男は、その夜は女と寝たとか。
業平は、老いも若きも、美しきも醜きも、差別しないで誠実につき合う心をもつ男だったのです。
余談ですが、この話には老女の性愛に対する非難はありません。まだ性に対しての観念がおおらかだった時代の話といえるでしょう。 |