能面こそは能を象徴するものであるといえるでしょう。偉大な能楽師なら粗末な面をつけても観衆を感動させますが、立派な面であればその舞台を不滅のものにします。
能楽師にとって、能面を使う上での最大の難関は、生きた表情を与えることです。特に女の能面は、表情という点では全くの虚であり、幽玄の理想に触発されたものと思われるあの独特の「中間表情」は、能楽師が面を変えることなしにそれぞれの役柄が持つ喜びや悲嘆を滲ませるために取り入れられたものであることは疑いありません。
室町時代の流行である突き出た額と剃った眉は、真中から分けた髪型ともに能面の上に永遠の形をとどめることになりました。
後の時代には新たな能面も考案されましたが、ほとんどの能面は能そのものと同じく、十五世紀に作られたひな型に密着しています。
では初期の能面はどうだったのでしょう。初期の能面は変化に富み、あるものは驚くほど写実的で、幽玄からはほど遠いものでした。これは能がその起源として、庶民に親しまれた大衆芸能であったことを示しています。
能面は細工しやすく、かつ丈夫な檜で作られます。
室町時代から十六人の名高い能面師の名が伝えられてきましたが、そのうちのいく人かは世阿弥の書物の中でもふれられています。今日至上とされる能面のほとんどは彼らの手によるとされていますが、その多くは言い伝えの域を出ません。
現在、最上級の能面の多くは、古くからの能面のさらなる複製であることは疑いがありません。
今日の能面は、大まかに分けて、世阿弥が言及した三つの役柄、すなわち老人、女性そして武者に、加えて悪霊の面があります。
そして、若い女の面でも十六から二十の娘の役柄が着ける「小面」、二十から二十五の女性には「孫次郎」、また『葵上』の前半に出る六条御息所のように悪霊に取り付かれた役柄には「泥目」を使います。さらに『羽衣』の天使のような神々しい役には「増の女」というように、それぞれの範疇においておびただしい種類の能面が存在します。
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