| 何ごとにも、ボーダーラインを作らないこと
広告代理店にコピーライターとして入社したのは29歳のときだった。そこでは20代前半のデザイナーが第一線で活躍していて、おまけにライターといえど相当なデザイン力を要求された。あとでわかったことだが、どうやら会社としては、すぐに営業にでも回してしばらく様子を見ようという腹づもりだったようだ。 ところが世界は一変した。それは当時、デザイン業界で急速に普及しつつあったMacintoshだった。企画書はワープロでという従来の慣例に対し、最初はInspirationというアイデア・プロセッサで図解を始め、のちには自宅にMacintosh LC(CPU:16MHZ、メモリ:2MB、HDD:40MB)という、Apple社がはじめて一般ユーザーにも手が届くという触れ込みで売り出したパソコンを購入(HDDを増設して100MBにし、3万2千色を表示させるためのVRAMをわざわざつけてもらって、締めて41万円!)。ひそかに業界定番ソフトAdobe Illustratorをマスターし、デザイナーたちの度肝を抜いて、溜飲を下げた。思えば、これがプランナーとしての経歴の始まりとなった。 何ごとにも(とりわけ自分に)ボーダーラインを作らない、というのが教訓である。おもしろそうだからでも、しゃくにさわるでも構わない、隣りやその隣りの領域まで踏み込んでみることで、世界はずいぶんと変わって見える。企画の極意というのは、実はそうしたところにある。
どうして映画館では右側の席に座るのか
図解企画の経験から、論理を構成しているものなら、どのようなことでも絵として表現できるのではないかと考え、独立して事務所を構えた。目的はもちろん、図解企画の本を出すことだった。しかし、仕事は来なかった。
その間、メモや手帳などについていろんな本を書いた。当人としては企画の前段階のアイデア発想の本で、ゆくゆくは企画の本へとつなげるつもりだったが、世間からは社員教育(というか躾)や文具マニアの本と受けとられて辟易した。しかしここで無理を言って、見開きページの図版作成を買って出たことが無駄にはならなかった。すべて見開きの本が2冊で200点、それ以外を合わせると約250点の図版を上げたことで、文章と図と右脳的思考との関わりに思いがいたった。
ごく単純化して説明すると、人間の頭脳は左脳で文章を、右脳で図を認知するが、右脳は直観的にすべてをイメージでとらえるため、文章的認知に対してもシナジー効果を及ぼし、頭脳全体を活性化する。企画でも同じで、言葉だけでも、単に図形に置き換えただけでも不十分で、言葉とは少し離れたところで図解特有の表現をしなくては、企画書としては弱い。そんな考えを元に、これが最初で最後と書いたのが『PowerPointでマスターする 企画・プレゼン 図解の極意』である。
ただしその後、映画館に入れば、字幕は右側が理屈に合っているとか、座席は左視野が広い右側がよく見えるなど“右脳フェチ”ぶりが、しばらく抜けなかった。
パターンで考えること、パターン化して考えないこと
『PowerPointでマスターする 企画・プレゼン 図解の極意』はその後ロングセラーを続けたが、その根幹となったのは、企画にすべき中核の数さえ見極められれば、頭に蓄積したイメージの中から、それを表すにふさわしい形を引っ張ってくるだけで誰でも図解は作成できる、という「ユニットとパターンによる図解法」で、これは、論理はそのまま図形に置き換えることで図解となる、という従来の考えを覆したものであった。だが問題は、そのパターンの方だった。
デザインでは図案のラフスケッチをする際、サムネール(親指の爪という意味)といって、小さな落書きのような絵をいくつも出すよう命じられる。数は多ければ多いほどよく、最初から優れたものは求めない。こうして数を出すことで、従来の考えから解き放たれ、自分でも意外なくらいの妙案が思い浮かぶのだ。そしてこれがイメージストックとなって、のちのちのデザイナーの成長を助ける。
『企画の極意』とその続編・姉妹版4冊で、発想のヒントになるようにと計1400個の図解パターンを掲載したが、元になったのもこのサムネールである。そう考えるとビジネスでも、描いてアイデアを出すことは大切なのに、あまりそうした習慣がないのはとても残念だ。描いて案を出すことによって、イメージのストックが増え、これが柔軟な発想の源泉となる。パターンで考えること、そしてパターン化して考えないこと。両者は正反対のようで、同じことをいっている。
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